復元された備中櫓。(一眼レフにて撮影)
我が津山市には、観光資源がない、というのが津山市民の声ですが、いやいやそんなことはありません。「津山城」という素晴らしい文化資産があるではありませんか。
津山城は、「森忠政(もりただまさ」というマイナーな戦国武将が建てたために、有名ではなく、春の桜まつりの時期以外には、訪れる人もまばらです。
さらに、津山市民が、「津山にあるくらい(!)だから、大したものじゃないんだろう」的な思いがあり、他の土地の人や旅行者にそのすごさを知らしめていないのです。
考えてみれば、これはかなりもったいない話です。
三大平山城、と言えば、皆さんはどのお城をイメージされますか?
熊本城・姫路城・それから???
三番目が出てこないのではありませんか。
実は、この三番目には津山城が当てはまります。
ていうか、他の二城を抑え、堂々の一位を獲得してもよいくらいなのです!
確かに、津山城は明治維新になってからすべての建物を取り壊され、現状では石垣しか残っていません。(備中櫓のみ、平成17年に復元された)
しかし、往時は櫓の数は60にものぼり(名古屋城25、江戸城34、熊本城57、姫路城61)全国の城の中でもトップクラスだったのは間違いありません。
その櫓や建造物が、あの狭い鶴山の全山に所狭しと凝縮されて林立している姿は、復元されたコンピュータグラフィックを見ると圧倒されてしまいます。
0 件のコメント:
コメントを投稿